4年機械工学科 内藤里穂
ビルクレホフでの三週間のドイツ滞在では、多くのことを学びました。
ドイツに行ったばかりのときは、いろんな人に話しかけられても受け答えができず毎日が苦痛でした。しかし、自らイベントに参加することで友達ができ、会話することが楽しく感じるようになりました。
特に仲良くなったのが、香港出身のシェリーという女の子で、一緒に買い物をしたり、ハイキングにいったりと楽しい毎日を過ごしました。
夜は週に1,2回パーティーがあってDiscoでダンスをしました。
日本でダンスなんてしたことがなかったので見ていたら、みんな手を引っ張って踊ろうよと言ってきました!恥ずかしかったけど、これもいい思い出です。
日本ではできない体験を、イベントによって体験することができました!
ドイツに来る前は相手の言っていることが分からなかったら、とても焦ってしまい無言になってしまうことが多々ありました。
しかし、ドイツに来て生活していみると、本当にドイツ語が理解できないと明日の予定がわからなかったりと生活にかなりの影響がでてしまいます。そのためゆっくり話してもらったり、単語を書いてもらったり、何度も説明してもらいました。そうやってあきらめずに会話をすることが、ドイツ語ができるようになるためには、重要だと思います。
3週間の最後の授業になってもまだまだ聞き取れないこともありましたが、最初の授業より確実に聞き取れるようになっていると思いました。
日本に帰ってきてからドイツ文化センター(ゲーテ・インスティトゥート)で2週間のインターンをやらせていただいていますが、ここではすすんでドイツ人実習生とドイツ語で話すようにしています。
ミーティングは主にドイツ語で行っていますが、半分くらいは理解できるようになりました。また自分から積極的にドイツ語話せるようになったのもドイツ滞在の経験のおかげだと思います。
日本に戻ってきてからはドイツ語で話す機会はほとんどなくなってしまいますが、これからもすすんでドイツ語を勉強していきたいと思います。
Monday, 7. September 2009
帰国しての感想
機械工学科4年 松原健介
ドイツから日本へ帰国してから1週間がたちました。
成田空港に到着して思ったことは、日本の景色は美しくない、ということでした。
なぜなら森が見えない、山が見えない・・・そして蒸し暑いですからね。
それは、ドイツでの景色に慣れてしまったからでしょうか?
ドイツの景色を、写真ではなく、実際にこの目で見てみれば、日本の景色に対する見方も変わるものだと思いました。
家に戻って、日本語で話すのが懐かしくて、お土産を食べながらドイツでの話を話しました。
ドイツのチョコはおいしいですね。あとスイスのもおいしいです!!
家での食事も、最近は納豆やとろろばっかり食べています。ねばねばの良さを改めて再確認しました。
ドイツには、ねばねばしたものがありませんでしたから!
そして、ドイツに行ったことで改めて感じたことは語学の大切さです。
ドイツ語も当然大切ですが、やっぱり英語が大切なのかな?
お世話係の人と話すときはドイツ語だったけれど、他の国の友達と話すときは英語が多かったです。
英語が世界的に共通語であることを実感させられました。
そして、ドイツに行ったことで自分の勉強の方向性を考えさせられました。
今では専門科目よりもドイツ語を勉強したい気持ちでいっぱいです。
あと、時差ぼけでのインターンシップはとてもつらいものだったけれど、ドイツでの経験は今でも役にたっていると思います。
ドイツでの3週間は日本語が全く通じないので、英語やドイツ語を多用しなければなりませんでした。
このことで、恥ずかしがることなく物事を言えるようになり、人格的に成長したと思いました。
そしてドイツでのA2のテストは精神的にも辛いものだったので、日本での辛いことが全く辛く感じなくなりました。
今では、なんか何でも乗り越えられる気がします。
最近のことですが、インターン先での研究発表も何なく乗り越えられました。
ドイツに行けたことをいろんな意味で感謝しています。
ドイツから日本へ帰国してから1週間がたちました。
成田空港に到着して思ったことは、日本の景色は美しくない、ということでした。
なぜなら森が見えない、山が見えない・・・そして蒸し暑いですからね。
それは、ドイツでの景色に慣れてしまったからでしょうか?
ドイツの景色を、写真ではなく、実際にこの目で見てみれば、日本の景色に対する見方も変わるものだと思いました。
家に戻って、日本語で話すのが懐かしくて、お土産を食べながらドイツでの話を話しました。
ドイツのチョコはおいしいですね。あとスイスのもおいしいです!!
家での食事も、最近は納豆やとろろばっかり食べています。ねばねばの良さを改めて再確認しました。
ドイツには、ねばねばしたものがありませんでしたから!
そして、ドイツに行ったことで改めて感じたことは語学の大切さです。
ドイツ語も当然大切ですが、やっぱり英語が大切なのかな?
お世話係の人と話すときはドイツ語だったけれど、他の国の友達と話すときは英語が多かったです。
英語が世界的に共通語であることを実感させられました。
そして、ドイツに行ったことで自分の勉強の方向性を考えさせられました。
今では専門科目よりもドイツ語を勉強したい気持ちでいっぱいです。
あと、時差ぼけでのインターンシップはとてもつらいものだったけれど、ドイツでの経験は今でも役にたっていると思います。
ドイツでの3週間は日本語が全く通じないので、英語やドイツ語を多用しなければなりませんでした。
このことで、恥ずかしがることなく物事を言えるようになり、人格的に成長したと思いました。
そしてドイツでのA2のテストは精神的にも辛いものだったので、日本での辛いことが全く辛く感じなくなりました。
今では、なんか何でも乗り越えられる気がします。
最近のことですが、インターン先での研究発表も何なく乗り越えられました。
ドイツに行けたことをいろんな意味で感謝しています。
ドイツ研修を終えて
赤木 祐太 電気電子工学科 4年
三週間のドイツ生活を終えて日本に帰ってきて早一週間、研修を振り返って思うことは「もう少し真面目に勉強すればよかったかな?」である。
英語の知識が大切なことも理解しました。向こうでは授業中はドイツ語、日常会話は英語というのが基本であり(ビルクレホフでは)、三週間という期間は長いようで案外短いので、早く友達を作りその友達とコミュニケーションをとったほうが、ドイツ語力の向上にも繋がっていくため、英語の習得は必須であると思いました。
食事についてはドイツではパンばかり食べていたため、今は米を主体に生きています。また肉主体の生活から魚主体の生活へと変えていき、ヘルシーな食生活を心がけています。というのも帰国して体重計にのると、およそ5kg 増えていたのです。ドイツの食事は、量・カロリー・回数ともに日本を凌駕しています。道行く人の太っているレベルが違います。ドイツ国内に体重計が存在しているのかすら怪しい…。
他に日本とドイツの違いについて気がついたことは、景色がきれいであること。道いっぱいに咲く花や木々、電柱が少ないこと、一軒一軒の間隔が広々としているため開放感もあり、遠くまで見渡せる周辺の景色などあげるときりがないが、「絵画」を見ているような感じがして、とても良い意味で刺激的な毎日を送ることができました。またドイツ人の人柄については、日本人と違うのはかもしれませんが、向こうの人は陽気で見ているだけでこっちまで明るい気持ちになれます。
最後に全体を通しての感想をまとめると、「英語の重要性・食文化の違い・ドイツの美しい環境とそこに住む人々」この三点が特に印象的でした。
三週間のドイツ生活を終えて日本に帰ってきて早一週間、研修を振り返って思うことは「もう少し真面目に勉強すればよかったかな?」である。
英語の知識が大切なことも理解しました。向こうでは授業中はドイツ語、日常会話は英語というのが基本であり(ビルクレホフでは)、三週間という期間は長いようで案外短いので、早く友達を作りその友達とコミュニケーションをとったほうが、ドイツ語力の向上にも繋がっていくため、英語の習得は必須であると思いました。
食事についてはドイツではパンばかり食べていたため、今は米を主体に生きています。また肉主体の生活から魚主体の生活へと変えていき、ヘルシーな食生活を心がけています。というのも帰国して体重計にのると、およそ5kg 増えていたのです。ドイツの食事は、量・カロリー・回数ともに日本を凌駕しています。道行く人の太っているレベルが違います。ドイツ国内に体重計が存在しているのかすら怪しい…。
他に日本とドイツの違いについて気がついたことは、景色がきれいであること。道いっぱいに咲く花や木々、電柱が少ないこと、一軒一軒の間隔が広々としているため開放感もあり、遠くまで見渡せる周辺の景色などあげるときりがないが、「絵画」を見ているような感じがして、とても良い意味で刺激的な毎日を送ることができました。またドイツ人の人柄については、日本人と違うのはかもしれませんが、向こうの人は陽気で見ているだけでこっちまで明るい気持ちになれます。
最後に全体を通しての感想をまとめると、「英語の重要性・食文化の違い・ドイツの美しい環境とそこに住む人々」この三点が特に印象的でした。
Sunday, 6. September 2009
Birklehof in Deutschland!!
ドイツ派遣が決定したとき、ドイツでどんなことが自分を待ち受けているかなんて何も想像できなかった。
このプログラムに参加が決定したのは、期末テストの前でそれに向けての勉強があり、派遣に向けてのドイツ語の勉強は手に負えなかった。それにBirklehof組は期末テスト終了後、すぐにドイツに向けて出発した。
ドイツ派遣に向けての準備といえば、スーツケースに衣服などを詰めただけで、語学勉強のための準備は全くしなかった。今思えば、行けたらラッキーといった気持ちじゃなく、最初から本気でドイツに行くんだ、という気持ちで勉強を進めるべきだったと思う。
Birklehofに到着し、これから3週間過ごす宿舎についての説明をドイツ語で受けた。しかし、全く話してる内容は理解できなかった。とりあえず、宿舎に案内され、ついさっきのことを思い出しこれから3週間どうやって過ごそうかと考えた。あいにく、1人部屋だった。一番最初に思ったのは、語彙を増やすこと。しかし、たったの3週間どれだけの単語を覚えることができるのだろうか、そしてどれだけその成果を実感できるのだろうかと考えてしまった。結局、しゃべってればなんとなくわかるようになるだろう、そう思ってしまった。
1週間がたち、まともに人の話を聞き取れないし、人ともしゃべれない。話しという話しはできないが、スポーツやイベントを通して積極的に声を出してみて、コミュニケーションをとることはできた。しかしそれだけでは、自分としてはあまりいい気分じゃない。だからといって、最初に思ったことが思い浮かび、勉強しようにも手が出ない。結局、何もしないまま2週間が過ぎプログラムを終えた。しかし、それなりに楽しいこともあった。火吹きやサッカー観戦、地元チームとサッカーの試合、ドイツの食事、Europa Parkのジェットコースター、話がうまくできないことを除けばすべてが楽しかったと思う。
3週間のプログラムを終えて、自分は成長したのかどうかは全くわからない。成長してないのかもしれない。ただ思うことは、このドイツ派遣は単なる始まりに過ぎないなということと日本は狭い国だということ。このドイツでの体験を忘れずにこれから、ドイツ語をはじめ、英語も勉強していつか日本を出たい。本気で。
このドイツ派遣に参加できたことに感謝します。
電子制御工学科4年 糀原翔太
このプログラムに参加が決定したのは、期末テストの前でそれに向けての勉強があり、派遣に向けてのドイツ語の勉強は手に負えなかった。それにBirklehof組は期末テスト終了後、すぐにドイツに向けて出発した。
ドイツ派遣に向けての準備といえば、スーツケースに衣服などを詰めただけで、語学勉強のための準備は全くしなかった。今思えば、行けたらラッキーといった気持ちじゃなく、最初から本気でドイツに行くんだ、という気持ちで勉強を進めるべきだったと思う。
Birklehofに到着し、これから3週間過ごす宿舎についての説明をドイツ語で受けた。しかし、全く話してる内容は理解できなかった。とりあえず、宿舎に案内され、ついさっきのことを思い出しこれから3週間どうやって過ごそうかと考えた。あいにく、1人部屋だった。一番最初に思ったのは、語彙を増やすこと。しかし、たったの3週間どれだけの単語を覚えることができるのだろうか、そしてどれだけその成果を実感できるのだろうかと考えてしまった。結局、しゃべってればなんとなくわかるようになるだろう、そう思ってしまった。
1週間がたち、まともに人の話を聞き取れないし、人ともしゃべれない。話しという話しはできないが、スポーツやイベントを通して積極的に声を出してみて、コミュニケーションをとることはできた。しかしそれだけでは、自分としてはあまりいい気分じゃない。だからといって、最初に思ったことが思い浮かび、勉強しようにも手が出ない。結局、何もしないまま2週間が過ぎプログラムを終えた。しかし、それなりに楽しいこともあった。火吹きやサッカー観戦、地元チームとサッカーの試合、ドイツの食事、Europa Parkのジェットコースター、話がうまくできないことを除けばすべてが楽しかったと思う。
3週間のプログラムを終えて、自分は成長したのかどうかは全くわからない。成長してないのかもしれない。ただ思うことは、このドイツ派遣は単なる始まりに過ぎないなということと日本は狭い国だということ。このドイツでの体験を忘れずにこれから、ドイツ語をはじめ、英語も勉強していつか日本を出たい。本気で。
このドイツ派遣に参加できたことに感謝します。
電子制御工学科4年 糀原翔太
ドイツから帰って・・・
早いもので帰国してからもう1週間も経ってしまいました。
私は今インターンシップ(学外実習)で山梨県にいます。
実習をやっている間はそれなりに集中しているので、あまり
ドイツでのことを思い出すことはありませんが、実習を終えて
一人でホテルで過ごしているとやはり寂しくなり、あのドイツ
での3週間のことを考えることはよくあります。
ドイツでの滞在は大変ではあったけれども、とても有意義
なものでした。今回のJUKUプログラムはドイツ語能力の向上
だけではなく、私たちを人間的に成長させてくれたと思います。
私はドイツでの出来事を忘れることはありません。
授業の初日、先生が何を言っているのかわからず目を白黒
させていました。だんだん耳が慣れてきたのか少し聞き取れる
ようになったと思うと、今日の午後の予定を説明されてまた
チンプンカンプンになって・・・。それがようやくわかるよう
になったのは3日目を過ぎたあたりだったでしょうか。何を
いっているのか聞き取れて嬉しかったことが強く印象に残って
います。
他の国の人と友達にもなりました。バングラデシュ、トルコ、
セネガル、ガーナ、ウクライナ・・・などなど、多くの外国の
人たちと知り合いになりました。宗教の事を聞かれて困って
しまったのも今ではいい思い出のひとつです。
お別れのときにとても辛かったことを今でもよく覚えています。
いつの日かまたあえると信じ、今も過ごしていますが、
彼らは今頃何をしているのでしょう?
今回私はとても貴重な経験をさせていただきました。これは
日本に留まっていては決して得られないものです。こういった
経験はお金を払っても得られるものではありません。自ら体験
し、肌で触れて初めて得られる、目に見えない財産です。
そういえば私のいとこが前にこんなことを言っていました
「一度海外に行ってごらん。世界が変わって見えるから。」
確かにこの言葉通り、今回のドイツ滞在で私の見ている世界は
変わったように思います。日本では、私たちは通常日本語しか
話しません。しかし、それはむしろ特別な場合であると知り、
ショックを受けました。それと同時に自分の周りの状況が、
いかに恵まれているかを実感しました。
ドイツで得たこの見えない宝を私は大切にしていきたいと
思います。
今回のドイツ派遣では様々な方にお世話になりました。
最後になりましたが、柴田先生をはじめ木更津高専ドイツ語
教員の皆様、ゲーテインスティテュートの皆様、その他多く
の皆様に心からお礼を申し上げたいと思います。
4年電子制御工学科 宮下修人
私は今インターンシップ(学外実習)で山梨県にいます。
実習をやっている間はそれなりに集中しているので、あまり
ドイツでのことを思い出すことはありませんが、実習を終えて
一人でホテルで過ごしているとやはり寂しくなり、あのドイツ
での3週間のことを考えることはよくあります。
ドイツでの滞在は大変ではあったけれども、とても有意義
なものでした。今回のJUKUプログラムはドイツ語能力の向上
だけではなく、私たちを人間的に成長させてくれたと思います。
私はドイツでの出来事を忘れることはありません。
授業の初日、先生が何を言っているのかわからず目を白黒
させていました。だんだん耳が慣れてきたのか少し聞き取れる
ようになったと思うと、今日の午後の予定を説明されてまた
チンプンカンプンになって・・・。それがようやくわかるよう
になったのは3日目を過ぎたあたりだったでしょうか。何を
いっているのか聞き取れて嬉しかったことが強く印象に残って
います。
他の国の人と友達にもなりました。バングラデシュ、トルコ、
セネガル、ガーナ、ウクライナ・・・などなど、多くの外国の
人たちと知り合いになりました。宗教の事を聞かれて困って
しまったのも今ではいい思い出のひとつです。
お別れのときにとても辛かったことを今でもよく覚えています。
いつの日かまたあえると信じ、今も過ごしていますが、
彼らは今頃何をしているのでしょう?
今回私はとても貴重な経験をさせていただきました。これは
日本に留まっていては決して得られないものです。こういった
経験はお金を払っても得られるものではありません。自ら体験
し、肌で触れて初めて得られる、目に見えない財産です。
そういえば私のいとこが前にこんなことを言っていました
「一度海外に行ってごらん。世界が変わって見えるから。」
確かにこの言葉通り、今回のドイツ滞在で私の見ている世界は
変わったように思います。日本では、私たちは通常日本語しか
話しません。しかし、それはむしろ特別な場合であると知り、
ショックを受けました。それと同時に自分の周りの状況が、
いかに恵まれているかを実感しました。
ドイツで得たこの見えない宝を私は大切にしていきたいと
思います。
今回のドイツ派遣では様々な方にお世話になりました。
最後になりましたが、柴田先生をはじめ木更津高専ドイツ語
教員の皆様、ゲーテインスティテュートの皆様、その他多く
の皆様に心からお礼を申し上げたいと思います。
4年電子制御工学科 宮下修人
Saturday, 5. September 2009
帰国報告
情報工学科4年の高橋佳朗です。
先発のビルクレホフ組ですが獨協中学・高校での報告を無事に終えた今日
完全に終わった、という形でここに報告します。
今回の留学では多くの物を見、聞き、感じ、そして学ぶことが出来ました。
街中を走るバス、見渡す限りの森など日本では見慣れない光景、言葉があまり通じないなか頑張って取ったボディランゲージ、一緒にやったサッカー、マウンテンバイクといったスポーツ。他にも会話、パーティなど楽しかった思い出で一杯です。
もちろん辛い経験、思い出も沢山ありますが、私はBirklehof組の中で一番楽んでいた自信があります。本当に最終日は帰りたくありませんでした。
今年の夏休みは私の人生の中で最も素晴らしい思い出の一つになりました。
ですがこのような素晴らしい機会を得られたのも
PASCHのために身を粉にするという表現が霞むほどに尽力してくれた柴田先生
影から支えてくれた大山先生
忙しい立場の中色々と協力してくれた荒木先生、河上校長先生
沢山の励ましの言葉をくれた小林先生を始めとする先生方の導き、
宮下君、中山君、皆川さん等良きライバル、
応援してくれた友達や保護者の皆様、
そしてドイツ語とGOETHE-INSTITUT、そのGOETHE-INSTITUTの方々たちのお陰です。
この感謝はたとえ忘れようとしても忘れることはできないでしょう。
これからもこの気持ちを忘れず一歩一歩精進し、将来必ず大きい人間になってドイツはもちろん今までお世話になった全ての人々にこの恩を返していきたいと思います。
先発のビルクレホフ組ですが獨協中学・高校での報告を無事に終えた今日
完全に終わった、という形でここに報告します。
今回の留学では多くの物を見、聞き、感じ、そして学ぶことが出来ました。
街中を走るバス、見渡す限りの森など日本では見慣れない光景、言葉があまり通じないなか頑張って取ったボディランゲージ、一緒にやったサッカー、マウンテンバイクといったスポーツ。他にも会話、パーティなど楽しかった思い出で一杯です。
もちろん辛い経験、思い出も沢山ありますが、私はBirklehof組の中で一番楽んでいた自信があります。本当に最終日は帰りたくありませんでした。
今年の夏休みは私の人生の中で最も素晴らしい思い出の一つになりました。
ですがこのような素晴らしい機会を得られたのも
PASCHのために身を粉にするという表現が霞むほどに尽力してくれた柴田先生
影から支えてくれた大山先生
忙しい立場の中色々と協力してくれた荒木先生、河上校長先生
沢山の励ましの言葉をくれた小林先生を始めとする先生方の導き、
宮下君、中山君、皆川さん等良きライバル、
応援してくれた友達や保護者の皆様、
そしてドイツ語とGOETHE-INSTITUT、そのGOETHE-INSTITUTの方々たちのお陰です。
この感謝はたとえ忘れようとしても忘れることはできないでしょう。
これからもこの気持ちを忘れず一歩一歩精進し、将来必ず大きい人間になってドイツはもちろん今までお世話になった全ての人々にこの恩を返していきたいと思います。
Monday, 31. August 2009
「コーディネートされた旅」ではなく
ビルクレホフ・チームのみなさん!
無事、日本に帰国したという連絡ありがとうございました。
怪我もなく、病気もなく、好天に恵まれ3週間を過ごすことができ、楽しい思い出をたくさん作って帰国することができて良かったですね。
Schwarzwaldの木々は本当に高く茂っていて、ドイツの森にいることを実感させてくれました。空気もとてもおいしくて、寄宿舎の食堂のおばさんたちもとてもフレンドリーで、すばらしい滞在でしたね。


わたしはビルクレホフでは、滞在している部屋から、毎朝目の前の森を眺めながら読書をできることがとても気に入っていました。日本にいるときのような気忙しい気持ちはどこにもなく、とにかく落ち着いてゆっくりと時間を過ごすことができました。このとき考えていたのは、マルティン・ハイデガー(1889-1976)という20世紀の最も偉大な思索者といわれるドイツ人哲学者のことです。
ハイデガーはフライブルク大学の哲学の教授でしたが、ビルクレホフからもほど近いTotenaubergに山小屋を持っていて、後期作品のほとんどをここで書いたと言われています。ハイデガーは、ナチスに協力した疑惑で、戦後長い間教職を離れていましたから、かなり多くの時間をSchwarzwaldの森で過ごしていたはずです。「この森でなら落ち着いて時間を過ごせそうだなあ」と毎日考えながら、わたしはBirklehofでの日々を過ごしていました。
さて、2009年は、わたしにとってドイツ語教員になってから、もっとも充実した、そして最も多忙な一年であることは間違いなさそうです。
今回のドイツ派遣チームとの深く濃い関わりは、昨年12月のPASCH調印式と年末の独検合格パーティから始まりましたね。
2月末の「Start Deutsch I受検公開講座」(君たちのドイツ語力はまだまだでこの先どうなるかと思いました)、4月から始まった定例のStart Deutsch I受検向け学習会(換算すると60時間くらい学習しました)、5月24日のStart Deutsch I 受検(30名中27名合格という結果には本当に大満足でした)、6月に入ってからの独検3級受検学習会(7名受検して4名が独検3級に合格)、6月30日にドイツ大使館、Goethe Institutから来賓を迎えての木更津高専での「PASCHプレート授与式およびStart Deutsch I 合格証書授与式」(多くのメディアが取材に来てくれました)、7月に入ってからはドイツ滞在へ向けてのオリエンテーションを何度か行いました(本校OBでフライブルクに一年滞在した山崎健司くんの話はとても参考になりましたね)。8月5日には、宮下、高橋、皆川とNHK FMラジオに出演して30分も木更津高専でのドイツ語学習について話しました(わたしは早く終わらないかと時計ばかり見ていた気がします)。そして、今回の3週間のドイツ滞在へと至ったわけです。
10月にはドイツ語オリンピック国内予選と、タイ・ドイツ語キャンプ(ドイツチームとは別編成で10名の高専の学生がタイでアジアのPASCH校とドイツ語で交流をおこないます)、11月には文化祭でのドイツ企画と秋の独検と、2009年はこれからも、「ドイツ行事」が目白押しです。
これだけのイヴェントを実施できたのは、Goethe Institutの経済的支援があってのことです。このことにまず感謝しなければなりません。わたしは一人のドイツ語教員にすぎませんし、わたしがいくら学生をドイツへ連れて行きたいと望んだところで、経済的支援なしにはそれを実現することは不可能でした。もちろん、親の理解と経済的支援がある家庭ならば、個人でドイツへ旅行に出かけたり、留学することは可能でしょう。しかしわたしは、そういう学生ばかりでなく、こういう支援や制度があったからこそドイツに行ける学生を求めたいと思っていました。かくして今回のドイツ滞在があります。
しかし一方で、「こんな風に、グループでそれも教員付きでドイツに行ってしまっていいんだろうか・・・」という疑問も私の中にはありました。
わたし自身は、学生時代に、1990年代に入ってから(残念ながらベルリンの壁崩壊前のドイツは体験できず)、海外旅行をはじめました。ドイツ思想を専攻していましたので、はじめて出かけた外国は、ロシア経由で行ったドイツ。その後欧州は東欧も含めてほとんど回り、アジアに行き先を移し、オセアニア、北米にも行きました。ほとんどが長期休暇を利用しての数ヶ月の旅で、沢木耕太郎『深夜特急』のような格好いい旅はできませんでしたが、いつも一人旅で、本を読んだり旅行記を書きながら、次には果たして何が待ち受けているのか、という緊張感の中で旅をしていたような気がします。現在は、学生ではないですし、職業も持ち、歳もとりましたのでそういう旅はできませんが、この旅の思い出は忘れられないものがあります。それどころか、旅は自分の性格までも変えてくれた大きな人生体験だったと思います(学生の皆さんには信じられないでしょうが、わたしはかつて臆病で引っ込み思案で人前で口を開くのが何よりも嫌でした)。
つまりこういうグループ旅行を実施することにより、「初めての海外旅行」で得られる得難い経験を、学生たちから奪い取ってしまったのではないか、という気持ちがわたしの中に残っていました。・・・だから、ビルクレホフでの最初の2,3日間、「日本に帰りたい!」を連発する学生にわたしはかなり苛立ちを感じていたわけです。
今回のドイツ滞在は、航空券、宿泊先、食事、日程、すべてがあらかじめ用意されていた旅、つまり「コーディネートされた旅」です。本当の旅は、これらの全てを自分で用意することから始まります。
そんな旅したくないな、パック旅行で十分、と思う人もいるでしょう(いそうだな)。しかし、人生を変えられるような本当の旅へと矛先を向ける学生がビルクレホフチームから出てきてくれたら、わたしはとてもうれしいです。
それじゃあまた日本で会いましょう。Bis bald!
ドレスデンにて
柴田 記
無事、日本に帰国したという連絡ありがとうございました。
怪我もなく、病気もなく、好天に恵まれ3週間を過ごすことができ、楽しい思い出をたくさん作って帰国することができて良かったですね。
Schwarzwaldの木々は本当に高く茂っていて、ドイツの森にいることを実感させてくれました。空気もとてもおいしくて、寄宿舎の食堂のおばさんたちもとてもフレンドリーで、すばらしい滞在でしたね。
Eine Katze in Birklehof
猫がいるのが良かった。
わたしはビルクレホフでは、滞在している部屋から、毎朝目の前の森を眺めながら読書をできることがとても気に入っていました。日本にいるときのような気忙しい気持ちはどこにもなく、とにかく落ち着いてゆっくりと時間を過ごすことができました。このとき考えていたのは、マルティン・ハイデガー(1889-1976)という20世紀の最も偉大な思索者といわれるドイツ人哲学者のことです。
ハイデガーはフライブルク大学の哲学の教授でしたが、ビルクレホフからもほど近いTotenaubergに山小屋を持っていて、後期作品のほとんどをここで書いたと言われています。ハイデガーは、ナチスに協力した疑惑で、戦後長い間教職を離れていましたから、かなり多くの時間をSchwarzwaldの森で過ごしていたはずです。「この森でなら落ち着いて時間を過ごせそうだなあ」と毎日考えながら、わたしはBirklehofでの日々を過ごしていました。
さて、2009年は、わたしにとってドイツ語教員になってから、もっとも充実した、そして最も多忙な一年であることは間違いなさそうです。
今回のドイツ派遣チームとの深く濃い関わりは、昨年12月のPASCH調印式と年末の独検合格パーティから始まりましたね。
2月末の「Start Deutsch I受検公開講座」(君たちのドイツ語力はまだまだでこの先どうなるかと思いました)、4月から始まった定例のStart Deutsch I受検向け学習会(換算すると60時間くらい学習しました)、5月24日のStart Deutsch I 受検(30名中27名合格という結果には本当に大満足でした)、6月に入ってからの独検3級受検学習会(7名受検して4名が独検3級に合格)、6月30日にドイツ大使館、Goethe Institutから来賓を迎えての木更津高専での「PASCHプレート授与式およびStart Deutsch I 合格証書授与式」(多くのメディアが取材に来てくれました)、7月に入ってからはドイツ滞在へ向けてのオリエンテーションを何度か行いました(本校OBでフライブルクに一年滞在した山崎健司くんの話はとても参考になりましたね)。8月5日には、宮下、高橋、皆川とNHK FMラジオに出演して30分も木更津高専でのドイツ語学習について話しました(わたしは早く終わらないかと時計ばかり見ていた気がします)。そして、今回の3週間のドイツ滞在へと至ったわけです。
10月にはドイツ語オリンピック国内予選と、タイ・ドイツ語キャンプ(ドイツチームとは別編成で10名の高専の学生がタイでアジアのPASCH校とドイツ語で交流をおこないます)、11月には文化祭でのドイツ企画と秋の独検と、2009年はこれからも、「ドイツ行事」が目白押しです。
これだけのイヴェントを実施できたのは、Goethe Institutの経済的支援があってのことです。このことにまず感謝しなければなりません。わたしは一人のドイツ語教員にすぎませんし、わたしがいくら学生をドイツへ連れて行きたいと望んだところで、経済的支援なしにはそれを実現することは不可能でした。もちろん、親の理解と経済的支援がある家庭ならば、個人でドイツへ旅行に出かけたり、留学することは可能でしょう。しかしわたしは、そういう学生ばかりでなく、こういう支援や制度があったからこそドイツに行ける学生を求めたいと思っていました。かくして今回のドイツ滞在があります。
しかし一方で、「こんな風に、グループでそれも教員付きでドイツに行ってしまっていいんだろうか・・・」という疑問も私の中にはありました。
わたし自身は、学生時代に、1990年代に入ってから(残念ながらベルリンの壁崩壊前のドイツは体験できず)、海外旅行をはじめました。ドイツ思想を専攻していましたので、はじめて出かけた外国は、ロシア経由で行ったドイツ。その後欧州は東欧も含めてほとんど回り、アジアに行き先を移し、オセアニア、北米にも行きました。ほとんどが長期休暇を利用しての数ヶ月の旅で、沢木耕太郎『深夜特急』のような格好いい旅はできませんでしたが、いつも一人旅で、本を読んだり旅行記を書きながら、次には果たして何が待ち受けているのか、という緊張感の中で旅をしていたような気がします。現在は、学生ではないですし、職業も持ち、歳もとりましたのでそういう旅はできませんが、この旅の思い出は忘れられないものがあります。それどころか、旅は自分の性格までも変えてくれた大きな人生体験だったと思います(学生の皆さんには信じられないでしょうが、わたしはかつて臆病で引っ込み思案で人前で口を開くのが何よりも嫌でした)。
つまりこういうグループ旅行を実施することにより、「初めての海外旅行」で得られる得難い経験を、学生たちから奪い取ってしまったのではないか、という気持ちがわたしの中に残っていました。・・・だから、ビルクレホフでの最初の2,3日間、「日本に帰りたい!」を連発する学生にわたしはかなり苛立ちを感じていたわけです。
今回のドイツ滞在は、航空券、宿泊先、食事、日程、すべてがあらかじめ用意されていた旅、つまり「コーディネートされた旅」です。本当の旅は、これらの全てを自分で用意することから始まります。
そんな旅したくないな、パック旅行で十分、と思う人もいるでしょう(いそうだな)。しかし、人生を変えられるような本当の旅へと矛先を向ける学生がビルクレホフチームから出てきてくれたら、わたしはとてもうれしいです。
それじゃあまた日本で会いましょう。Bis bald!
ドレスデンにて
柴田 記
Europa Parkにて。各国の引率教員の先生方と一緒に記念撮影。
Saturday, 29. August 2009
Birklehofチームはまもなく帰国します
ドイツ時間で、8月26日午前5時をまわりました。
Birklehofチームは、まもなく滞在地を出発します。
トルコ、ロシアの参加者と共に5時半発のバスに乗り込み、Stuttgart空港経由で、日本に帰国します。
日本到着は、8月30日午前7時50分の予定です。
LH710便、到着は成田空港第一ターミナルです。
Birklehofに滞在している学生のご父兄の方でこのサイトを御覧になっている方もいらっしゃると思いますので、JUKUの日程が無事終了したことを簡単にご報告いたします。
昨日はお別れパーティが開かれ、その後ダンスパーティへとなだれこんだため、Birklehofのサイトの更新は学生たちが帰国後に行います。また、JUKU参加者たちは、帰国後、ドイツ滞在報告を行いますので、引き続きこのサイトを御覧ください。
全員、病気にもかからず、怪我もせず、無事日程を終了することができました。
木更津高専をPASCH校として認定してくださり、このようにドイツ滞在の機会を与えてくださったGoethe Institut Tokyo には、本当に感謝しています。ありがとうございました。
それでは出発の時間となりました。
Auf Wiedersehen!
Birklehofチームは、まもなく滞在地を出発します。
トルコ、ロシアの参加者と共に5時半発のバスに乗り込み、Stuttgart空港経由で、日本に帰国します。
日本到着は、8月30日午前7時50分の予定です。
LH710便、到着は成田空港第一ターミナルです。
Birklehofに滞在している学生のご父兄の方でこのサイトを御覧になっている方もいらっしゃると思いますので、JUKUの日程が無事終了したことを簡単にご報告いたします。
昨日はお別れパーティが開かれ、その後ダンスパーティへとなだれこんだため、Birklehofのサイトの更新は学生たちが帰国後に行います。また、JUKU参加者たちは、帰国後、ドイツ滞在報告を行いますので、引き続きこのサイトを御覧ください。
全員、病気にもかからず、怪我もせず、無事日程を終了することができました。
木更津高専をPASCH校として認定してくださり、このようにドイツ滞在の機会を与えてくださったGoethe Institut Tokyo には、本当に感謝しています。ありがとうございました。
それでは出発の時間となりました。
Auf Wiedersehen!
Stuttgart空港にて
Friday, 28. August 2009
Birklehof 最終日
電子制御工学科4年糀原翔太
8月28日、今日は最後の授業がありました。
自分のクラスでは授業といってもほとんどがお別れの挨拶に費やされ、みんなで記念撮影やアドレス交換をしてました。なんだかんだで3週間すべての授業は終わり、みんなさびしそうにしていました。
授業後は、荷物を積めたり、会えなくなる人たちと最後の時間を過ごしたりしました。夕食後、パーティがありホールに集まりました。ここでのパーティは、個人またはグループでやりたいことを発表するといったもので、全員が行ったわけではないですがさまざまな出し物が催されました。
学生の一人が、授業中に行われるBetreuer(世話係)の午後の企画の案内の真似をしました
Shutoのマジックショー
ここで、講座の参加証明書の授与も行われました。


ホールでの催しが終わると、パーティ会場はカフェテリアに移されました。2階建てのカフェテリアでは1階でDiscoが開かれ、2階ではビリヤードやサッカーのボードゲームがあり、みんなで遊んだり、おしゃべりなどをして過ごすことができました。自分はというと、ドイツ語の会話ができるわけではないのでDiskoで周りの人のtanzenを見てたり、それをまねして踊ったりしてました。外国の方はみんな本当にダンスがうまい!日本人はみんなぎこちなかったです。。。
この3週間、はじめは長い長いと感じていたもののあらためて思えば、とても短かったと思います。日本ではできない経験もできてよかったです。また、あらためて全体の感想を書き込みたいと思います。
8月28日、今日は最後の授業がありました。
担任のKingaと。
授業後は、荷物を積めたり、会えなくなる人たちと最後の時間を過ごしたりしました。夕食後、パーティがありホールに集まりました。ここでのパーティは、個人またはグループでやりたいことを発表するといったもので、全員が行ったわけではないですがさまざまな出し物が催されました。
ここで、講座の参加証明書の授与も行われました。
ホールでの催しが終わると、パーティ会場はカフェテリアに移されました。2階建てのカフェテリアでは1階でDiscoが開かれ、2階ではビリヤードやサッカーのボードゲームがあり、みんなで遊んだり、おしゃべりなどをして過ごすことができました。自分はというと、ドイツ語の会話ができるわけではないのでDiskoで周りの人のtanzenを見てたり、それをまねして踊ったりしてました。外国の方はみんな本当にダンスがうまい!日本人はみんなぎこちなかったです。。。
この3週間、はじめは長い長いと感じていたもののあらためて思えば、とても短かったと思います。日本ではできない経験もできてよかったです。また、あらためて全体の感想を書き込みたいと思います。
Thursday, 27. August 2009
最後の遠足
4年電子制御工学科 宮下修人
今日も遠足です。行ったのはEuropa Parkという遊園地!
まず最初に全体で行ったのはScience Hausという場所です。
ここでは様々な科学に関するものが展示されています。
例えば電気や磁石に関することであったり、
人体や細胞に関することであったり・・・。
高専の授業でやったような内容の展示品も見つけました。

さて、その後は待ちに待った自由時間です。
とりあえずお化け屋敷みたいなアトラクションに行ってみます。
お化け屋敷の中をカートで進みます。ガイコツが踊ってました。
ジェットコースターみたいな絶叫系アトラクションは、
やはりドイツでも大人気で長蛇の列ができていました。
長いこと待たされるのは嫌なのでそういったアトラクション
には乗らず(怖いというのもありましたけど)すいている
(ゆっくり動く)アトラクションに乗りました。
その後シアターに行ってマジックショーを見ました!
やはり本物のマジシャンは違いますね。華麗です!
次から次へとシルク(ハンカチ)が出現し、シルクが結ばれたり、
色が変わったりします。その次の瞬間ハトが出現!
びっくりです。シアター内部は拍手の嵐です。
最後は大きなオウムが出現してフィニッシュ!鮮やかです。
とても充実した時間を過ごした後は、お土産を買って
ビルクレホーフに帰りました。

帰国まであと2日。ドイツ滞在も長いようで短かったですね。
残りの時間を無駄にしないように過ごしたいと思います。
今日も遠足です。行ったのはEuropa Parkという遊園地!
まず最初に全体で行ったのはScience Hausという場所です。
ここでは様々な科学に関するものが展示されています。
例えば電気や磁石に関することであったり、
人体や細胞に関することであったり・・・。
高専の授業でやったような内容の展示品も見つけました。
Science Hausにて。
さて、その後は待ちに待った自由時間です。
とりあえずお化け屋敷みたいなアトラクションに行ってみます。
お化け屋敷の中をカートで進みます。ガイコツが踊ってました。
ジェットコースターみたいな絶叫系アトラクションは、
やはりドイツでも大人気で長蛇の列ができていました。
長いこと待たされるのは嫌なのでそういったアトラクション
には乗らず(怖いというのもありましたけど)すいている
(ゆっくり動く)アトラクションに乗りました。
その後シアターに行ってマジックショーを見ました!
やはり本物のマジシャンは違いますね。華麗です!
次から次へとシルク(ハンカチ)が出現し、シルクが結ばれたり、
色が変わったりします。その次の瞬間ハトが出現!
びっくりです。シアター内部は拍手の嵐です。
最後は大きなオウムが出現してフィニッシュ!鮮やかです。
とても充実した時間を過ごした後は、お土産を買って
ビルクレホーフに帰りました。
絶叫マシンからの眺め。
帰国まであと2日。ドイツ滞在も長いようで短かったですね。
残りの時間を無駄にしないように過ごしたいと思います。
Wednesday, 26. August 2009
松原ブログ
機械工学科4年の松原健介です!
今日は午前中が授業で、午後が自由時間という日程でした。
昨日、Start Deutsch 2のテストが終わったばかりなのに、今日はまた通常授業があるという悲しい展開・・・
今日の授業内容は、ドイツ語の歌を聞き、その後にクラスのみんなで、歌詞を見ながら歌うということを繰り返しました。
しかし・・・ドイツ語の歌は日本の歌と違ってリズムが違うので全く上手く歌えませんでした・・・
だから、これはかなり精神的につらい授業でした。
その後、マティアス先生のクラスと合同でドイツ語の歌作りをやりました。
これは2人1グループで自由に歌をつくっていくもので、自分は宮下と一緒に歌をつくりました。
テーマはMeine Lust:「私の意欲」にしました。歌詞であるドイツ語の文は宮下が全部考えてくれたので、自分は歌の内容とリズムを考えました。
内容としては、このBirklehofのJUKUで自分のしたいことを主に歌詞にしました。
例えば、米が食べたいけどここには米がないとか、泳ぎたいけどここにはプールがないとか・・・くだらないことをずらずら書いていました。でも、ノリで歌えるようにしたので歌うのが楽しみです!
いつこの歌を発表するかは言われてないんだけど・・・
そして、午後の自由時間にはフライブルクへ行く企画があったので参加しました。最近は個人でフライブルクへ行くことが禁止されています。なんでも、Freiburgに一人で出かけていったPASCHのJUKU参加してる人で行方不明者がでたそうです・・・。その人は、いまでも帰ってきていません。だから、今日の企画に参加しないとフライブルクに出かけられないので参加しました。
フライブルクでは自由行動だったので、自分は内藤と糀原と赤木と一緒に町をまわりました。目的はもうすぐ日本に帰るので、ドイツのお土産を買うことです。
フライブルクにはいっぱい店があったけれど売ってるものはだいたい一緒だったのでチョコをいっぱい買いました。赤木は皿などを買ってましたけど。
フライブルクには何回も来てるから風景には結構慣れていて、僕らの楽しみはやはりアイスでした。自分は3Kugelを一つ食べて、みんなもそんなもんだったんですけど、糀原は2Kugelを2つ食べてました。ドイツのアイスは安いのでみんなかなりハマっています。
今日の夜の企画は確か、トーマスの「火吹き」があるのでみんなそれに参加すると思います。
そんなこんなで今日の一日は終わりました。


今日は午前中が授業で、午後が自由時間という日程でした。
昨日、Start Deutsch 2のテストが終わったばかりなのに、今日はまた通常授業があるという悲しい展開・・・
今日の授業内容は、ドイツ語の歌を聞き、その後にクラスのみんなで、歌詞を見ながら歌うということを繰り返しました。
しかし・・・ドイツ語の歌は日本の歌と違ってリズムが違うので全く上手く歌えませんでした・・・
だから、これはかなり精神的につらい授業でした。
その後、マティアス先生のクラスと合同でドイツ語の歌作りをやりました。
これは2人1グループで自由に歌をつくっていくもので、自分は宮下と一緒に歌をつくりました。
テーマはMeine Lust:「私の意欲」にしました。歌詞であるドイツ語の文は宮下が全部考えてくれたので、自分は歌の内容とリズムを考えました。
内容としては、このBirklehofのJUKUで自分のしたいことを主に歌詞にしました。
例えば、米が食べたいけどここには米がないとか、泳ぎたいけどここにはプールがないとか・・・くだらないことをずらずら書いていました。でも、ノリで歌えるようにしたので歌うのが楽しみです!
いつこの歌を発表するかは言われてないんだけど・・・
そして、午後の自由時間にはフライブルクへ行く企画があったので参加しました。最近は個人でフライブルクへ行くことが禁止されています。なんでも、Freiburgに一人で出かけていったPASCHのJUKU参加してる人で行方不明者がでたそうです・・・。その人は、いまでも帰ってきていません。だから、今日の企画に参加しないとフライブルクに出かけられないので参加しました。
フライブルクでは自由行動だったので、自分は内藤と糀原と赤木と一緒に町をまわりました。目的はもうすぐ日本に帰るので、ドイツのお土産を買うことです。
フライブルクにはいっぱい店があったけれど売ってるものはだいたい一緒だったのでチョコをいっぱい買いました。赤木は皿などを買ってましたけど。
フライブルクには何回も来てるから風景には結構慣れていて、僕らの楽しみはやはりアイスでした。自分は3Kugelを一つ食べて、みんなもそんなもんだったんですけど、糀原は2Kugelを2つ食べてました。ドイツのアイスは安いのでみんなかなりハマっています。
今日の夜の企画は確か、トーマスの「火吹き」があるのでみんなそれに参加すると思います。
そんなこんなで今日の一日は終わりました。
野菜売り場です(^^)
ソーセージ売り場です!
屋台で買ったホットドックです。
Tuesday, 25. August 2009
Baden-Baden
電気電子工学科 4年 赤木 祐太
今日は8時30分にBaden-Baden へと出発しました!!
高速道路を時速160キロで平然と先生は運転していましたが、今にも事故をおこしてしまいそうで生きた心地がしませんでした。野球選手の投げるボールの速さを身をもって体感しました。ランディー・ジョンソンの球が直撃した鳩の気持ちが、今ならわかる気がします。
先生の運転を見ていて気がついたことがあります。それは道路の周りの風景がずっとトウモロコシ畑なのにもかかわらず、ちゃんと目的地へと向かって進んでいることです。
日本なら「ガソリンスタンドが見えたら左折してコンビニを右折。」と目印になるものがたくさんありますが、ドイツ人は何を目印に進んでいるのだろうかと、とても不思議に思いました。
高速を飛ばすことおよそ2時間、ついに目的地に到着しました。この街は Stuttgart の近くにあります。Stuttgatt は、僕らが初日に Frankfurt から飛行機を乗り継いで降り立った地です。
Baden-Baden に着いて向かったのはテレビ局です。かなり大きなところで、建物内を見学させてくれました。スタジオにはプレハブの家やレストラン、さらにはアットホームな部屋(日本でいう「グータン・ヌーボ」や「伊藤家の食卓」のようなセット)まで様々な建物が立ち並んでいました。天井には照明がたくさんぶら下がっていて、不思議な光景でした。地下の部屋にはたくさんの小道具がありました。気持ちの悪い人形や絵などもあり、こんな悪趣味なもの何に使うのだろうと思う品物も結構ありました。
テレビ局の見学を終え、時計を見ると針は12時40分を示していました。「この流れは自由時間で昼食は各自!!」これで決まり。そう思っていたら・・・先生からまさかの「車に戻ろう。」の一言。行きに2時間かかったのに20分で帰れるわけがない、あぁ~そうか、なるほど。ここよりもっと華やかな場所に連れて行ってくれるのか!!そう信じて車に乗ること2時間、僕らはとうとう買い物も昼食も食べれずに宿舎へ戻ってきたのでした。これが今日の午前中の話です。

今日は午後にも出来事がありました。Baden-Baden からBirklehofに戻ってきて、なにか損した気分になりベットで休んでいると、仲の良いセルビア人にいきなり「ここで何をしている!?」と、自分の部屋なのに理不尽にも怒られました。
怒ってるわけを尋ねてみると「今日はサッカーの試合なんだぞ!!」っとなにやら興奮している様子。
「そうかそいつはよかったな、でも俺はあまりサッカーに興味がないのさ。」と言う(言ったつもり)と
「お前も試合に出るんだよ!!」と言われました。
全くわけのわからないまま練習に合流すると、ドイツ人の世話係に「ポジションはどこだ?」と聞かれました。
「ピッチャー以外ならどこでも。」と心の中では思いつつも「オフェンスで。」と言いました。
別にオフェンスがしたかったわけではなく、ただ単にオフェンスという単語以外思い浮かばなかったのです。日本人からは糀原(サッカー部)と宮下(わからないけどたぶん文化部)と僕が参加しました。
さぁーいよいよ試合開始!!!!ってちょっと待て、相手は普通に地元のサッカークラブじゃないか。我らがエースストライカーのマイケルは、自己紹介で Ich spiele Golf.(私はゴルフをしています。)って言ってたんだぞ!勝てるわけねぇーだろ。
そうこう思ってるうちに試合がスタート。ぼくはベンチスタート(ほっ。)僕が次にプレイするであろうオフェンスのポジションの4人を眺めて観戦していると意外にも先制したのは僕らでした。しかもマイケルの一撃。ゴルファーに声援を送っているとここから相手の怒涛の攻撃。これで勝負は8割方決まりました。
1-5のスコアとなったところで、人生初のサッカーの試合を経験するわけですが、死ぬほど疲れました。
一番納得がいかないのはディフェンスで試合に送り出されたことです。もうわけがわからなかったです。試合は最初こそ良かったものの結局大差で負けました。たぶん1-11。「野球の試合か!!」と思わずつっこみたくなるようなスコアですが、サッカーもそれなりに楽しかったです。日本人は糀原君が応援団を沸かせていました。「さすがだぜ!!」そんな感じで今日の一日は過ぎていきました。明日は完全フリーなのでゆっくり休みたいと思います。では残り5日間悔いが残らないように一生懸命生きていきたいと思います!!!
今日は8時30分にBaden-Baden へと出発しました!!
高速道路を時速160キロで平然と先生は運転していましたが、今にも事故をおこしてしまいそうで生きた心地がしませんでした。野球選手の投げるボールの速さを身をもって体感しました。ランディー・ジョンソンの球が直撃した鳩の気持ちが、今ならわかる気がします。
先生の運転を見ていて気がついたことがあります。それは道路の周りの風景がずっとトウモロコシ畑なのにもかかわらず、ちゃんと目的地へと向かって進んでいることです。
日本なら「ガソリンスタンドが見えたら左折してコンビニを右折。」と目印になるものがたくさんありますが、ドイツ人は何を目印に進んでいるのだろうかと、とても不思議に思いました。
高速を飛ばすことおよそ2時間、ついに目的地に到着しました。この街は Stuttgart の近くにあります。Stuttgatt は、僕らが初日に Frankfurt から飛行機を乗り継いで降り立った地です。
Baden-Baden に着いて向かったのはテレビ局です。かなり大きなところで、建物内を見学させてくれました。スタジオにはプレハブの家やレストラン、さらにはアットホームな部屋(日本でいう「グータン・ヌーボ」や「伊藤家の食卓」のようなセット)まで様々な建物が立ち並んでいました。天井には照明がたくさんぶら下がっていて、不思議な光景でした。地下の部屋にはたくさんの小道具がありました。気持ちの悪い人形や絵などもあり、こんな悪趣味なもの何に使うのだろうと思う品物も結構ありました。
テレビ局の見学を終え、時計を見ると針は12時40分を示していました。「この流れは自由時間で昼食は各自!!」これで決まり。そう思っていたら・・・先生からまさかの「車に戻ろう。」の一言。行きに2時間かかったのに20分で帰れるわけがない、あぁ~そうか、なるほど。ここよりもっと華やかな場所に連れて行ってくれるのか!!そう信じて車に乗ること2時間、僕らはとうとう買い物も昼食も食べれずに宿舎へ戻ってきたのでした。これが今日の午前中の話です。
スタジオ
今日は午後にも出来事がありました。Baden-Baden からBirklehofに戻ってきて、なにか損した気分になりベットで休んでいると、仲の良いセルビア人にいきなり「ここで何をしている!?」と、自分の部屋なのに理不尽にも怒られました。
怒ってるわけを尋ねてみると「今日はサッカーの試合なんだぞ!!」っとなにやら興奮している様子。
「そうかそいつはよかったな、でも俺はあまりサッカーに興味がないのさ。」と言う(言ったつもり)と
「お前も試合に出るんだよ!!」と言われました。
全くわけのわからないまま練習に合流すると、ドイツ人の世話係に「ポジションはどこだ?」と聞かれました。
「ピッチャー以外ならどこでも。」と心の中では思いつつも「オフェンスで。」と言いました。
別にオフェンスがしたかったわけではなく、ただ単にオフェンスという単語以外思い浮かばなかったのです。日本人からは糀原(サッカー部)と宮下(わからないけどたぶん文化部)と僕が参加しました。
さぁーいよいよ試合開始!!!!ってちょっと待て、相手は普通に地元のサッカークラブじゃないか。我らがエースストライカーのマイケルは、自己紹介で Ich spiele Golf.(私はゴルフをしています。)って言ってたんだぞ!勝てるわけねぇーだろ。
そうこう思ってるうちに試合がスタート。ぼくはベンチスタート(ほっ。)僕が次にプレイするであろうオフェンスのポジションの4人を眺めて観戦していると意外にも先制したのは僕らでした。しかもマイケルの一撃。ゴルファーに声援を送っているとここから相手の怒涛の攻撃。これで勝負は8割方決まりました。
1-5のスコアとなったところで、人生初のサッカーの試合を経験するわけですが、死ぬほど疲れました。
一番納得がいかないのはディフェンスで試合に送り出されたことです。もうわけがわからなかったです。試合は最初こそ良かったものの結局大差で負けました。たぶん1-11。「野球の試合か!!」と思わずつっこみたくなるようなスコアですが、サッカーもそれなりに楽しかったです。日本人は糀原君が応援団を沸かせていました。「さすがだぜ!!」そんな感じで今日の一日は過ぎていきました。明日は完全フリーなのでゆっくり休みたいと思います。では残り5日間悔いが残らないように一生懸命生きていきたいと思います!!!
サッカーの試合後の集合写真
Monday, 24. August 2009
Birklehofの一日
4年機械工学科 内藤里穂
8月24日(月)
今日は、sprechenのテストの日でした!
私はテストを受検しないので、郵便局に絵はがきを出しに行きました。その帰りにアイスを買いました!ドイツのアイスは安くて、おいしいので一日二つのペースで食べてしまいます。アイスの種類が書いてなかったので、いままで食べたことのあるアイスしか頼めませんでした!!今日のアイスは、ヨーグルト、ブルーベリー、キウィです

みんながテスト終わって、暇になったのでスポーツをしました。バスケットボールとサッカーをやりました。わたしは、生まれて初めてのヘディングシュートを決めました(^_^)v頭がかなり痛かった!!!
たまたまトルコ人のシェイマーとアタカンと会ったので、ベンチでお話をしました。カフェテリアに行き、三人でUNOをやりました☆アタカンは全くルールが覚えることができなくて、おもしろかったです。
夕飯は、このバーデン地方で有名なシュペッツレを久しぶりに食べました!チーズ味で、牛肉入りのソースでした(o)おいしかったです。ドイツに来て二度目のシュペッツレです!

8月24日(月)
今日は、sprechenのテストの日でした!
私はテストを受検しないので、郵便局に絵はがきを出しに行きました。その帰りにアイスを買いました!ドイツのアイスは安くて、おいしいので一日二つのペースで食べてしまいます。アイスの種類が書いてなかったので、いままで食べたことのあるアイスしか頼めませんでした!!今日のアイスは、ヨーグルト、ブルーベリー、キウィです
今日食べたアイス
みんながテスト終わって、暇になったのでスポーツをしました。バスケットボールとサッカーをやりました。わたしは、生まれて初めてのヘディングシュートを決めました(^_^)v頭がかなり痛かった!!!
たまたまトルコ人のシェイマーとアタカンと会ったので、ベンチでお話をしました。カフェテリアに行き、三人でUNOをやりました☆アタカンは全くルールが覚えることができなくて、おもしろかったです。
夕飯は、このバーデン地方で有名なシュペッツレを久しぶりに食べました!チーズ味で、牛肉入りのソースでした(o)おいしかったです。ドイツに来て二度目のシュペッツレです!
これが噂のシュペッツレ。この地方の有名な食事です。
セネガルのJUKU参加者AZIZと。
つかの間の休日
電気電子工学科4年 赤木 祐太
今日はTitisee へ内藤、松原、糀原、僕の4人で歩いて行きました!!
Hinterzarten の近くにはTitiseeという大きな湖があり、それを囲むように家や店が並んでいてとてもきれいなところです。僕らのいる Birklehof から歩いて一時間ほどで着きました。途中6頭の牛を見つけました。この牛たちもやはりヨーロッパ育ちだから(?)かどうか、わかりませんが、毛が茶色でした。みんな毛の色素が薄いみたいです。牛に別れを告げて、さらに歩くと今度は大きな森が広がっています。この森も相当歩きました、ドイツは土地が広いため交通の手段として自転車を使っている人がたくさんいます。
これは余談ですが、先日買い物に行った際狭い道路が渋滞していたので、事故でも起きたのかと思いヤジウマに行くと、なんと渋滞の先頭はスケボー少年だったのです。日本では即クラクションが鳴るあり得ない光景ですが、ドイツ人は何も言わずむしろその少年を応援するかのようにゆっくりと進んでいるのでした。ドイツ人の心の広さにとても驚きました。
さて、話を元に戻すと大きな森に入りました。川が流れていてとても心が和む光景です。ここでまた不思議なものを見つけました。それは長〜いマツボックリです。内藤の手と同じか、それより大きなものもありました。そして森を抜けると…道路です。僕は森を出てすぐに湖と聞いていたので、なんかがっかりしました。
でも「Titisee へようこそ」的な看板が僕らを出迎えてくれました。そして道を歩くことおよそ5分、大きな湖が目の前に現れました!!!!
着いてすぐ、に一時間8ユーロのペダル式ボート(足漕ぎ式)を借りていざ出発~~~!しかし現実はそう甘くありません。仕事量にボートの進み具合が比例してません。しかし足がもげる思い出必死に漕いで湖の真ん中までやってきました。そして湖へ「ドボンッ!!」と飛び込みました。内藤は泳げないので船番です。ゴーグルで湖の底を見ようと潜ってみましたが真っ暗闇で寒気がしました。僕は見ることができませんでした、魚も泳いでいるようです。他にもカモの親子が優雅に湖に浮かんでいました。近づいても、逃げるそぶりもありませんでした。湖で遊んだ後は昼食です。
ドイツでは、料理を頼んでからその料理が運ばれてくるまでは早いのですが、とにかくウェイターがつかまりません。目を合わせることが重要なので、ドイツへ行く機会があったら、とにかく一瞬のチャンスを逃さないようにしましょう。
昼食後は買い物です。とにかくあれもこれも欲しくなって、買い物はたいへんです。みんなでアイスクリームを食べました。こっちのアイスクリームは安い上においしいです、ぜひ食べてみてください。ちなみに日本人に人気の味は、Zitrone レモン味です!!Titisee はとてもいいところだとわかってもらえたでしょうか??
ではでは、明日もがんばって生きたいと思います!!!!
今日はTitisee へ内藤、松原、糀原、僕の4人で歩いて行きました!!
Hinterzarten の近くにはTitiseeという大きな湖があり、それを囲むように家や店が並んでいてとてもきれいなところです。僕らのいる Birklehof から歩いて一時間ほどで着きました。途中6頭の牛を見つけました。この牛たちもやはりヨーロッパ育ちだから(?)かどうか、わかりませんが、毛が茶色でした。みんな毛の色素が薄いみたいです。牛に別れを告げて、さらに歩くと今度は大きな森が広がっています。この森も相当歩きました、ドイツは土地が広いため交通の手段として自転車を使っている人がたくさんいます。
これは余談ですが、先日買い物に行った際狭い道路が渋滞していたので、事故でも起きたのかと思いヤジウマに行くと、なんと渋滞の先頭はスケボー少年だったのです。日本では即クラクションが鳴るあり得ない光景ですが、ドイツ人は何も言わずむしろその少年を応援するかのようにゆっくりと進んでいるのでした。ドイツ人の心の広さにとても驚きました。
さて、話を元に戻すと大きな森に入りました。川が流れていてとても心が和む光景です。ここでまた不思議なものを見つけました。それは長〜いマツボックリです。内藤の手と同じか、それより大きなものもありました。そして森を抜けると…道路です。僕は森を出てすぐに湖と聞いていたので、なんかがっかりしました。
でも「Titisee へようこそ」的な看板が僕らを出迎えてくれました。そして道を歩くことおよそ5分、大きな湖が目の前に現れました!!!!
着いてすぐ、に一時間8ユーロのペダル式ボート(足漕ぎ式)を借りていざ出発~~~!しかし現実はそう甘くありません。仕事量にボートの進み具合が比例してません。しかし足がもげる思い出必死に漕いで湖の真ん中までやってきました。そして湖へ「ドボンッ!!」と飛び込みました。内藤は泳げないので船番です。ゴーグルで湖の底を見ようと潜ってみましたが真っ暗闇で寒気がしました。僕は見ることができませんでした、魚も泳いでいるようです。他にもカモの親子が優雅に湖に浮かんでいました。近づいても、逃げるそぶりもありませんでした。湖で遊んだ後は昼食です。
ドイツでは、料理を頼んでからその料理が運ばれてくるまでは早いのですが、とにかくウェイターがつかまりません。目を合わせることが重要なので、ドイツへ行く機会があったら、とにかく一瞬のチャンスを逃さないようにしましょう。
昼食後は買い物です。とにかくあれもこれも欲しくなって、買い物はたいへんです。みんなでアイスクリームを食べました。こっちのアイスクリームは安い上においしいです、ぜひ食べてみてください。ちなみに日本人に人気の味は、Zitrone レモン味です!!Titisee はとてもいいところだとわかってもらえたでしょうか??
ではでは、明日もがんばって生きたいと思います!!!!
Titiseeの看板。
Saturday, 22. August 2009
試験に向けて
4年情報工学科の高橋佳朗です。
今日は午前中授業で月曜日と火曜日に受けるFit in Deutsch 2の試験対策をしました。今回の試験も、前回のSTART DEUTSCH 1と同様、読む、書く、聞く、話すの4種類からなるのですが、一番の得点の稼ぎどころだと思っていた、「書く」が2割削られて、話すが2割増しだそうです(笑)。
学生同士だと答えられるのですが本番だと少し緊張する傾向があるので、落ち着いて受け答えができるように努めたいと思います。
また、前回のSTART DEUTSCH 1では宮下君に1点差で負け、とても悔しい思いをしたので、今回は勝てるよう今から引きこもって、今日、明日と猛勉強したいと思います。
サッカー観戦報告
電子制御工学科4年 糀原翔太
日本では何度か地元千葉のサッカーチーム、ジェフユナイテッド千葉の試合をスタジアムまで観戦しに行ったことがあり、スタジアムに訪れたときの感動や興奮はやみつきになります。今回は運がよいことに日本人グループ6人の中3人も観戦に行けることとなり、皆クジ引きで当選してからうれしくて興奮していました。
試合当日、授業後食事を取り、すぐにSC Freibrugのスタジアムに向け出発しました。スタジアムはHinterzartenからFreibrugに向かって3つめの駅にありました。スタジアムに向かう道中、僕はジェフ千葉の試合観戦に向かうのよりももっと期待をふくらませ、自然と歩調は早くなりました。
スタジアムは、日本のものよりもグランドと客席の間隔が狭く、僕たちは一番前の網の後で観戦しました。目の前でプレイヤーの動きを見ることができ、とても迫力がありました。試合中、コーナーキックでSC FreiburgのFWと相手GKの接触があり、FWの頭部から出血していて、ヨーロッパサッカーの激しさを実感しました。試合中何度か、相手ゴール前付近でダイレクトプレーでパスを回し、相手を翻弄する場面が見られそのパスの正確さに驚かされました。結果は0-5でSC Freibrugは負けてしまいましたが、勉強になるプレイを何度も見ることができてよかったです。


今日は午前中授業で月曜日と火曜日に受けるFit in Deutsch 2の試験対策をしました。今回の試験も、前回のSTART DEUTSCH 1と同様、読む、書く、聞く、話すの4種類からなるのですが、一番の得点の稼ぎどころだと思っていた、「書く」が2割削られて、話すが2割増しだそうです(笑)。
学生同士だと答えられるのですが本番だと少し緊張する傾向があるので、落ち着いて受け答えができるように努めたいと思います。
また、前回のSTART DEUTSCH 1では宮下君に1点差で負け、とても悔しい思いをしたので、今回は勝てるよう今から引きこもって、今日、明日と猛勉強したいと思います。
サッカー観戦報告
電子制御工学科4年 糀原翔太
日本では何度か地元千葉のサッカーチーム、ジェフユナイテッド千葉の試合をスタジアムまで観戦しに行ったことがあり、スタジアムに訪れたときの感動や興奮はやみつきになります。今回は運がよいことに日本人グループ6人の中3人も観戦に行けることとなり、皆クジ引きで当選してからうれしくて興奮していました。
試合当日、授業後食事を取り、すぐにSC Freibrugのスタジアムに向け出発しました。スタジアムはHinterzartenからFreibrugに向かって3つめの駅にありました。スタジアムに向かう道中、僕はジェフ千葉の試合観戦に向かうのよりももっと期待をふくらませ、自然と歩調は早くなりました。
スタジアムは、日本のものよりもグランドと客席の間隔が狭く、僕たちは一番前の網の後で観戦しました。目の前でプレイヤーの動きを見ることができ、とても迫力がありました。試合中、コーナーキックでSC FreiburgのFWと相手GKの接触があり、FWの頭部から出血していて、ヨーロッパサッカーの激しさを実感しました。試合中何度か、相手ゴール前付近でダイレクトプレーでパスを回し、相手を翻弄する場面が見られそのパスの正確さに驚かされました。結果は0-5でSC Freibrugは負けてしまいましたが、勉強になるプレイを何度も見ることができてよかったです。
スタジアムの風景
キックオフ直後。
熱狂的なサポーターの応援。


